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1.1 エネルギー保存の法則とは何か?何が便利なのか?

 エネルギーに関するファインマン先生の記述を読んでみましょう。ファインマン先生は、1965年に日本の朝永振一郎先生らと共にノーベル物理学賞を受賞した方で、物理学の教科書を残している他、一般の方向けの本もたくさん書いた方です。まずは、次の文章を読んでイメージを膨らましてください。

 

「物理法則はいかにして発見されたか」 (R.P.ファインマン岩波新書 岩波現代文庫より

ある母親が子供を部屋におきっぱなしにしたのですが、そのとき絶対に壊れないプラスチックの積木を28個あずけたものとします。子供は一日中その積木で遊んでおりましたお母さんが帰ってきて積木を数えてみましたら、確かに28個ありました。こんなことが何日か続き、つねに積木の保存は成り立っていたのです。ところがある日のこと、お母さんが帰ってきて積木を数えたら27個しかなかった。いや、残りの1個は窓の外にありました。子供が放り出したのです。保存則について第一に留意しなければならないのは、問題にしているものが壁の外に出ていかないようにするということです。反対の場合もあります。少年が積木をもって子供の部屋に遊びにくるといった場合です。保存則について語るときにはこの類のことをちゃんと考慮に入れておかなければなりません。こんなこともあるでしょう。お母さんが帰ってきて積木の数をチェックしたら、25個しかありませんでした。あとの3個は子供が箱の中にかくしたようです。お母さんがいいます。「さあ、箱をあけますよ。」「だめだよ」と子供。「あけちゃいや。」母親はなかなか賢いるので、「箱が空なら重さは五〇〇グラムよ。積木は1つ100グラム。さあ、箱をかしてごらん。重さをはかってみるわ。」積木の総数はつぎのようになるわけです。

見えている積木の数+(箱の重さ-500グラム)/100グラム

答は、28になりました。当分はこれでよかったのですが、ある日のこと、この計算では答が合いません。しかし、母親は水がめの汚水の水面が上がっているのに気づきました。彼女は知っています。プラスチックの積木が入っていなければ水深は20cm。そして積木が1つ沈むごとに水面が5mm上がる。そこで彼女は計算をします。

見えている積木の数+(箱の重さ-500グラム)/100グラム+(水深-20センチ)/1/2センチ

これで28になりました。

子供が賢くなれば母親もまた賢くなって、計算式の項の数がどんどん増えていくのでした。式の各項は積み木の数を表すわけですが、数学としてみれば抽象的な計算であります。なにしろ積木は見えないのですから。

さて、類似を引き出さなければなりません。このたとえとエネルギーの保存則とどこが似ているか、どこがちがうかお話しましょう。まず、積木がいつも1つも見えなかったといたします。そうすると「見えている積木の数」という項はいらない。母親は「箱の中の積木の数」「水に沈んだ積木の数」等々こんな類の項をいくつも計算することになります。エネルギーの話をしたとき、ちがうのはこういうことです。今わかっているかぎりでは、エネルギーのかたまりというものはない。また、積木の場合とちがって、エネルギーの量を計算してもまず整数にはなりません。まあ、哀れなお母さん。ある項を計算したら61/8、別の項から7/8個、その他の項から21個、これでも合計は28個です。エネルギーだったら、本当にこんな具合になるわけであります。

エネルギーについてわかっておりますのは、一連の計算規則があるということです。エネルギーの種類がちがえば計算規則もちがいます。そのいろんな種類のエネルギーをそれぞれ計算して合計をしてみますと、つねに一定になるのであります。しかし定まった単位はありません。エネルギーは2個と数えるわけにはけにはいかないのです。いつ計算してみても一定なある数が存在する–という言い方は抽象的で純粋に数学的であります。しかし、これ以上の説明が私にはできません。

エネルギーは実にさまざまの形をとります。箱の中の積木、水に沈んだ積木などという例をもち出したのはそのためなのです。運動しているためのエネルギーは運動エネルギー、重力の相互作用にもとづくもの(重力のポテンシャル・エネルギーとよぶ)、熱エネルギー、電気エネルギー、光のエネルギー、ばねの弾性エネルギー等々。それに化学エネルギー、核エネルギー。また、粒子が存在するというだけの理由でもつエネルギーもありまして、その量は質量に正比例いたします。これを発見したのがアインシュタインであることは、みなさんもご存知でしょう。E=mc2という有名な方程式は、このエネルギーに対するものであります。

 

 いかがでしょうか。お話の中で、積木は常に28個あり、増えたり減ったりしませんでした。そして、目の前には見えなくても、重さや水面の高さなどから、どこにいくつ隠されているのかが分かりました。エネルギーも同様に、増えたり減ったりすることはありません(積木が窓の外に捨てられることがあるように、エネルギーも考えている物体以外の物体が持ち去ってしまうことはあります)。また、目の前には見えませんが、物体の質量や速さ、温度などから、どのような種類のエネルギーが、どのくらいあるのかを計算することができます。

 この例に出てきた母親は、子供が積木をどこに隠そうとも、「あと◯個、隠されているはずだ」と計算しながら、その隠し場所を見つけ出したのだと思います。物理学を用いると、みなさんも、この母親と同じように、増えたり減ったりしないエネルギーの量を念頭に置きながら、「こっち種類のエネルギーが減った分は、別の種類のエネルギーに形を変えて存在しているはずだ」と計算をすることができます。そうすることで、途中経過を全く考えることなしに、物体の速さや位置を計算することができるのです。(←とても便利そうではないですか?)

 少し難しいのは、それぞれの種類のエネルギーの量の計算方法です。積木の例では、数を1個、2個と数えました。そして、箱の中の積木の数や水がめの中の積木の数の計算式についても、積木1つの重さが100gであったり、体積が水かさを0.5cm上昇させる分の体積なのだという簡単なイメージができました。しかし、エネルギーでは、ジュール〔J〕という慣れない単位を用いますし、それぞれの種類のエネルギーの量の計算方法も直観的ではないかもしれません。例えば動いている物体が持つエネルギー(これを運動エネルギーと呼ぶ、E運動)は、その物体の質量mと速さvに比例し、E運動=1/2mv2と計算されます。また、高い所にある物体が持つエネルギー(これを位置エネルギーと呼ぶ、E位置)は、その物体の質量mと一番下からの高さhに比例し、E位置mghと計算されます。(これらについては後程詳しく見てみましょう。)

 

 さて、イメージを膨らませた後は、簡単な例を用いて、エネルギーの便利さを実感したいと思います。ここで、先ほど例に出した運動エネルギーE運動=1/2mv2位置エネルギーE位置mghを用いて説明します。

 

前提:

 運動エネルギーE位置〔J〕: E運動=1/2mv2

 位置エネルギーE位置〔J〕: E位置mgh

 

 

 次の例題を用いて考えてみましょう。

 問 斜度30度、長さlの滑らかな斜面の一番上に、質量mの物体を乗せ、そっと手を離して滑らせた。斜面の一番下に来た時の物体の速さはいくらか?なお、重力加速度の大きさをgとする。

 

 この例は、実は、今まで学んできた方法で解くこともできますし、エネルギーを考えることでも解くことができます。

 まず、今までの方法で考えてみましょう。

 物体にはたらく力は遠隔力である重力と、物体と接している板から受ける力のみです。板から受ける力は、摩擦はないので、垂直抗力だけです。

 すると、斜面方向の力は重力の分力のみとなり、mgsin30°です。

 斜方向の加速度はma=Fの右辺に上の力を代入しgsin30°と得られます。

 等加速度直線運動の公式の1つである、距離と速度の関係式(v2-v02=2ax)を用いて、下についたときの速さが、$\sqrt{2gl sin30 ^\circ}$ と得られます。

 この公式は、加速度が一定である場合に、時々刻々変化する位置を計算するものでした。つまり、この解き方では、その瞬間その瞬間の加速度が分かることが必要(つまり、その瞬間その瞬間の加速度が一定でない場合には使えない解き方)であると言うことができます。

 一方でエネルギーの考え方を用いると次のようになります。

 まず、物体から手を離した瞬間から、物体が一番下に来た瞬間まで、物体が持っているエネルギーは変わっていないはずという考えを用います。

 そして、求めたい一番下に来た時の速さを未知数$v$と置くと、一番上にあるときのエネルギーは、運動エネルギーがゼロ (止まっているので)、位置エネルギーが $mgl sin 30^/circ$ (一番下からの高さが$l sin 30^/circ$ )であり、一番下に来たときのエネルギーは、運動エネルギーが1/2mv2位置エネルギーがゼロとなります。

 これより、エネルギーが変わらない、保存しているという式を立てて、次のように$v$が求まります。

(手を離したときのエネルギー) $0+mg l sin 30 ^\circ =$(手を離したときのエネルギー) $1/2mv^2+0$

 よって$v=\sqrt{2glsin30^\circ}$

 

 エネルギー保存の法則を用いた考えの場合には、途中にはたらく斜面方向の力などは考えなくても良いことが分かります。どちらが便利かという話ではなく、どちらの方法でも解くことができるという理解が大切だと思います。

 なお、次の図のように、斜面が曲がっているような場合には、瞬間瞬間に物体にはたらく力の大きさが変わってしまうため、物体の加速度は時々刻々変化してしまいます。すると、当然、等加速度直線運動ではないため、上で利用した公式(v2-v02=2ax)は用いることができないことになります。一方で、エネルギー保存の法則を用いた方法では、途中の力を考えることは無いので、先ほどと全く同じ方法で解くことができるということになります。

 

 

 

 

 

いかがでしょうか。エネルギー保存の法則を用いる便利さが実感されたのではないでしょうか。なお、この便利さはエネルギーが”保存する”というという便利さです。