1.6 力学的エネルギー保存則はどんなときに成り立つの?
力学的エネルギーとは、運動エネルギーと位置エネルギーの和のことを言います。
ある物体のエネルギーを考えたとき、その物体が持つエネルギーが熱や光などのエネルギーに変わったりしなければ、物体の力学的エネルギーは保存します。これを力学的エネルギー保存則と言います。
たいそうな名前ですが、大したことは言っていません。エネルギー保存則が分かっていれば、当たり前のことです。エネルギーの種類が変わっていなければ、その量は変わりません。
ここでは、力学的エネルギー保存則が成り立つとき、成り立たないときの例を見てみましょう。
1.6.1.1 力学的エネルギー保存則が成り立つとき
例①物体が落下するとき
物体が落下する状況を考えましょう。このとき、どの瞬間を見ても落下している物体が持つ力学的エネルギーが一定である、保存していることを確認します。
これは次のように確認することができます。
最初、ある高さhにあるとしましょう。その物体が落下するとき、x落下すると、位置エネルギーがmgx減ってしまいます。しかし、一方で、物体はmg×xの仕事をされるので、運動エネルギーがmgx増えることになります。よって、見方を変えると、減った位置エネルギーが、実は運動エネルギーに変換されたとみなすことができるのです。
また、地上から物体が投げ上げられた場合も同じことが言えます。例えば地上から高さxまで上がった瞬間を考えると、地上から高さxまでの間に、mg×xの仕事をされるので、運動エネルギーがmgx減少します。一方で、高さxまで上がっているので位置エネルギーがmgx増加します。投げ上げられた場合には、運動エネルギーが位置エネルギーに変換されているのです。
例②斜面を滑り降りる物体
斜度30度の滑らかな斜面を滑り降りる物体の運動を考えます。物体は重力と垂直抗力のみを受けています。それぞれの力がする仕事を考えましょう。
まず、垂直抗力は仕事をしません(以前見た通り、垂直抗力の向きと物体が動く向きは直行するからです)。続いて、重力を図のように分解すると、重力のうち、斜面と垂直な成分は仕事をしません(この成分の向きと物体が動く向きは直行するからです)。唯一仕事をするのは重力の、斜面と平行な成分です。この大きさはmgxsinθになります。
さて、斜面上を(斜面の向きに)x移動したときのことを考えてみましょう。このとき、位置エネルギーは、図よりmgsinθ減少します。一方で、物体は静止した状態から力の大きさmgsinθを受けてx移動していることになるので、速さはv2-v02=2ax、a=gsinθ
よって、v2=2gsinθx。この時の運動エネルギーは1/2mv2=1/2m2gsinθx=mgxsinθとなり、位置エネルギーの減少分と一致します。
以上より、やはりこの場合も力学的エネルギーが一定となる、保存するのです。
ここで、少しだけ見方を変えてみましょう。物体に仕事をしているものに着目します。例①も例②も、物体に仕事をしているのは重力だけでした。重力がする仕事は、必ず位置エネルギーの変化と一致します(そのように位置エネルギーを考えているからです)。そのために、先の例では、力学的エネルギーは保存したのです。
つまり、物体に対して重力だけが仕事をする場合には、力学的エネルギーが保存するのです。そして実は、重力だけではなく、弾性力が仕事をする場合にも力学的エネルギーは保存します。
例③振り子運動
上で見た通り、物体に対して重力だけが仕事をする場合には、力学的エネルギーが保存するということが分かったので、ここでは、振り子のおもりにはたらく力がする仕事をそれぞれ考えてみます。
振り子の場合、物体にはたらく力は重力と糸の張力のみです(物体に触れているのは糸しかないので、接触力は糸のみです)。そして、糸の張力の向きと、物体が動く向きは常に直角です。糸は常に円の中心向きに物体を引っ張り、物体は常に円の接線の向きに動くからです。つまり、力の向きと動く向きの間の角度が90度なので、仕事(W=Fxcosθ)を考えると、常にゼロになるのです。よって物体は仕事をされません。
以上より、振り子運動の場合にも力学的エネルギーは保存することが分かります。
1.6.1.2 力学的エネルギー保存則が成り立たないとき
例①物体に(重力や弾性力以外の)何らかの力が仕事をするとき
下の図のように、滑らかな斜面上にある物体を手で押した状況を考えましょう。このとき、物体は斜面に沿って移動しています。
ひとつひとつの力がする仕事を考えてみます。垂直抗力は移動の方向と垂直なので、仕事をしません。重力(の斜面と平行な成分)は負の仕事をしますが、その分の仕事はすべて位置エネルギーの増加分になるので、物体のエネルギーを変えることはありません。力Fは物体に対して仕事をしています。この仕事の分は、物体の力学的エネルギーが増加します。手の力によって斜面の上の方にもっていっているので、位置エネルギーという力学的エネルギーが増加していることが明らかです。重力や弾性力以外の力が仕事をすると、その分だけ力学的エネルギーが増加し、力学的エネルギーは保存しません。
なお、手のエネルギー(もしくは人のエネルギー)まで考えると、エネルギーは保存します。人は物体に仕事をした分だけエネルギーを消費し、疲れているはずだからです。人のエネルギーの元は食べ物のエネルギーなので、ここでは化学エネルギーが力学的エネルギーに変換されたと考えても良いでしょう。着目している物体だけでなく、押した人まで考え、かつ化学エネルギーといった力学的エネルギー以外のエネルギーまで考えると、必ずエネルギー保存は成り立ちますが、ここで見た通り、着目している物体に対して力学的エネルギー保存則が成り立つかどうかは、状況によって決まります。重力や弾性力以外の力が物体に対して仕事をすると、物体の力学的エネルギーは保存しません。
例②摩擦力があるとき
摩擦力があるとき、物体が摩擦力によって仕事をされると、物体の力学的エネルギーが(摩擦によってされた仕事の分だけ)減少します。くどいですが、重力や弾性力以外の力が仕事をした場合には力学的エネルギーは保存しないのです。
しかしやはり、この状況も(力学的エネルギーは保存していませんが)エネルギー全体で見ると保存しています。実は、摩擦がした仕事は、主に摩擦熱というエネルギーに変換され、空間に伝わっていくのです。そのため、力学的エネルギーだけでなく、熱エネルギーなども考えたエネルギー全体で考えると、一定になっています。
1.6.1.3 力学的エネルギー保存則が系に対して成り立つとき
今まで学んだことを少しだけ拡張し、複数の物体を考えてみます。
例えば、右図のような状況では、物体Aや物体Bを、それぞれ個別に考えると力学的エネルギー保存則は成り立ちません。重力の他に張力が仕事をしているからです。
しかし、物体Bが張力にされた仕事と、物体Aが張力にされた仕事は大きさが等しく符号が逆になるため、二つの物体を合わせて考えた場合、力学的エネルギーは保存します。物体Bが糸に対してした仕事(つまり物体Bの力学的エネルギーの減少分)と物体Aが糸からされた仕事(つまり物体Aの力学的エネルギーの増加分)が一致するからです。このように、着目する物体を適切にとることで、力学的エネルギーが保存することがあります。なお、着目する物体の集まりのことを「系」と言います。先の例では、「物体Aと物体Bを系として考えるとき、系の力学的エネルギーは保存する」などということがあります。
力学的エネルギー保存の法則 目次
5.1.運動エネルギーはどんな実験によって確かめられるのか?
5.2.重力による位置エネルギーはどんな実験によって確かめられるのか?
6.力学的エネルギー保存則はどんなときに成り立つの?(⇐今ここ!)