1.7 エネルギー保存則を理解すると分かること
1.7.1 演習問題 1物体しかないとき
図のように床と斜面がつながれている。床のAB間はあらいが、他はなめらかである。床の一部分にばね定数$k$ のばねをつけ、一端に質量$m $ の物体を押し当てて、ばねを 縮めた。AB間の物体と床との間の動摩擦係数を $\mu' $、距離を$S$ 、重力加速度の大きさを$g$ とする。
(1)ばねを開放したとき、物体が点Aに達する直前の速さ$v_A$ を求めよ。
(2)物体は点Bを通過後、斜面を上がり、最高点Cに達した。Cの床からの高さ$h$ を求めよ。
解答
エネルギー保存則の便利なところは、ある瞬間とある瞬間でエネルギーの和が変化しないことを利用できるところです。時々刻々変化する力の大きさなどは無視して、二つの瞬間において力学的エネルギーを考えます。
(1)
ばねを開放する前のエネルギーと、物体Aに達する直前のエネルギーが等しいことを利用します。分からない量があっても気にせずに未知数として式に放り込んでみましょう。その未知数を、エネルギー保存則という関係式を用いて求めるのです。
本問では、求めたいAの直前の速さを未知数$v$として、それぞれの瞬間における各種のエネルギーを計算すると次のようになります。
ばねを開放する前のエネルギー:
運動エネルギー:0
重力による位置エネルギー:0
弾性力による位置エネルギー:$\frac{1}{2}kx^2$
Aの直前のエネルギー:
運動エネルギー: $\frac{1}{2}mv^2$(←求めたい速度を未知数 $v$として)
重力による位置エネルギー:0
弾性力による位置エネルギー:0
それぞれの瞬間の力学的エネルギーは保存している、変化していないはずなので、「ばねを開放する前」と「Aの直前」の力学的エネルギーが等しいという式を立てます。次のようになるはずです。
$\frac{1}{2}kx^2=\frac{1}{2}mv^2$
これを解いて、$v=\sqrt{\frac{k}{m}}x $ と得られます。
(2)
本問では、点Aを通過後、摩擦がある床の上を通ります。そのため、摩擦が物体に対してした仕事の分だけ、力学的エネルギーが熱エネルギーに変換されてしまいます。
その変換分を考慮して、エネルギー保存則を立てれば、問題を解くことができます。
まず、摩擦が物体に対してした仕事を求めましょう。
摩擦力の大きさ$F$ は、 $F=N\mu'$より$F=mg\mu'$ と求まります。AB間の距離$S$を掛けて、摩擦力がした仕事は$F=mg\mu' S$ と求まります。
続いて、最高点Cに達したときの力学的エネルギーを、未知数$h$ を用いて考えます。
最高点Cにおけるエネルギー:
運動エネルギー:0 (←最高点では速度がゼロになるから)
重力による位置エネルギー:$mgh$
弾性力による位置エネルギー:0
「ばねを開放する前」と「最高点C」の力学的エネルギーの関係を考えると、「ばねを開放する前」のエネルギーから、摩擦がした仕事の分引いたら、「最高点C」でのエネルギーになるということが分かります。これを式にすると、「ばねを解放する前のエネルギー」-「摩擦力がした仕事」=「最高点Cにおけるエネルギー」です。先ほど求めたそれぞれの値を代入すれば次の関係式になります。
$\frac{1}{2}kx^2-mg\mu'S =mgh$
$h$について解くと、 $h=\frac{kl^2}{2gh}-\mu'S$が得られます。
なお、以前述べたように、摩擦力が仕事をした場合、物体の力学的エネルギーは減少しますが、その減少分は主に摩擦によって発生した熱エネルギーに変換されたと考えましょう。
1.7.2 演習問題2物体あるとき
図のように軽くて伸び縮みしない糸の一端を天井につるす。この糸は動滑車を経てさらに天井につけた定滑車を経由して他端に質量mのおもりQをつるす。動滑車には質量がM(>2m)の物体Pをつるし、全体が静止した状態(これを「始めの状態」と呼ぶ)で静かに放すと、Pが下降して、Qが上昇した。Qが「始めの状態」からhだけ上昇した瞬間を「後の状態」と呼ぶ。滑車の質量、滑車と軸の間の摩擦を無視し、重力加速度の大きさをgとして以下の問いに答えよ。
- 糸の張力の大きさをTとして「始めの状態」から「あとの状態」に移る間に糸の張力がQに対してした仕事(WQ)を求めよ。
- 糸の張力の大きさをTとして「始めの状態」から「あとの状態」に移る間に糸の張力がP(と動滑車)に対してした仕事(WP)を求めよ。
(3) WQ+WP=0であることを示せ。
(4) 力学的エネルギー保存則を用いて、「あとの状態」におけるPとQ
の速さvを求めよ。
解答
(1)
糸の張力は鉛直上方向にはたらいています。そして、Qはその方向に動いています。 $W=Fx cos\theta$を考えると、張力がした仕事は正の値となることが分かります。
糸の張力がQに対してした仕事を$W_Q$ とすると、
$W_Q=Th$
となります。
(2)
Pを支える2本の糸の張力はそれぞれ鉛直上方向にはたらいており、それぞれの大きさはTです(1本の糸であれば張力はどこでも同じ)。そして、Pはその方向と反対の向きに動いています。 $W=Fxcos\theta$を考えると、張力がした仕事は負の値となることが分かります。
糸の張力がPに対してした仕事を$W_P$ とすると、
$W_P=-Th$
となります。
(3)
(1), (2)より$W_Q+W_P=Th+(-Th)=0
(4)
物体P、物体Qをそれぞれ考えたとき、それぞれの物体の力学的エネルギーは保存しません(重力以外の張力が仕事をしてしまうから)。しかし、(3)で見たように、Pが張力にされる仕事とQが張力にされる仕事を足すとゼロになることから、2つの物体を系として見たとき、力学的エネルギーの合計は保存します。
Pの速さを$v_P$ 、Qの速さを$v_Q$ として、力学的エネルギーの式を立てると次のようになります。
$mg(-\frac{1}{2} h)+\frac{1}{2}mv_P^2+mg(-\frac{1}{2} h)+\frac{1}{2}mv_Q^2=0$・・・①
また、 $v_P$と$v_Q$ の関係を考えると、次の式が成り立つことが分かります。
$v_P=\frac{1}{2}v_Q$ ・・・②
これらを解くことで、$v_P$ 、$v_Q$ がそれぞれ次のように求まります。
$v_P=\sqrt{\frac{1}{5} gh}$
$v_Q=\sqrt{\frac{4}{5} gh}$
この問題は、系の力学的エネルギー保存則と考えた問題です。このように適切に系を考えることで、力学的エネルギー保存則は成り立つようになることがあります。
今後、「物理」の範囲で、別の保存量を扱います。それは運動量という保存量です。運動量保存の法則という法則が出てきますので、楽しみにしておいてください。
力学的エネルギー保存の法則 目次
5.1.運動エネルギーはどんな実験によって確かめられるのか?
5.2.重力による位置エネルギーはどんな実験によって確かめられるのか?
7.エネルギー保存則を理解すると分かること(⇐今ここ!)