5. 分子運動論による理解
気体分子運動論とは、「(気体を微視的・ミクロにとらえ)多数の気体分子が様々な向きに飛び回っているものが気体である」というモデルをもとに気体の性質について考える理論です。この理論によって圧力や温度、エネルギーという様々な巨視的・マクロな物理量同士の関係を説明することができます。つまり、ボイルの法則やシャルルの法則といった経験則が、このモデルを用いて説明できる・理解できるのです。
1.1 このモデルから言えることのまとめ
学び始める前に、このモデルの威力を実感するために、このモデルによって得られる理解をまとめてみます。次のように様々なことがわかります。
・圧力とは多数の気体分子が与える力積の時間平均である。
・温度とは、気体分子の平均の運動エネルギーの程度を表す指標であるといえる。
・理想気体の内部エネルギー(気体が持つエネルギー)は気体分子の運動エネルギーである。
⇒理想気体の内部エネルギーは温度に比例する
・理想気体の比熱は運動エネルギーの自由度に比例する
(単原子分子、2原子分子のモル比熱)
1.2 モデル化の前提
・理想気体を考える。(体積無し、分子間力なし)
・多数の気体分子が様々な向きに飛び回っているものが気体である。
・容器の壁面と気体分子は弾性衝突をする。(分子同士の衝突は無視する)
・衝突時以外は等速直線運動をする。(重力は無視する)
・気体分子は球形をしているとする。(←単原子分子)
1.3 モデル化
一辺の長さ$L$の立方体の容器に、質量$m$ (kg単位)の気体分子が$N$個入っているものとする。また、図のように座標軸をとる。
(1) $x$方向に動く1分子の衝突が与える力
1個の分子が図のなめらかな壁面Aに$x$方向の速度成分$v_x$で完全弾性衝突したとき、分子の運動量の変化は$-2mv_x$なので、壁面Aに与える力積は$2mv_x$である。この分子は時間$t$の間に$v_x/2L$回壁面Aと衝突するので、この分子によって壁面Aが受ける平均の力の大きさは次のように求められる。
$$\bar{f}=2mv_x \times \frac{v_x}{2L}=\frac{mv_x^2}{L}$$
(2)多数の分子(平均速度$v$)の衝突による圧力の説明
全分子の速度の2乗の平均値$\bar{v^2}$を三平方の定理を用いて各成分の2乗平均値で表すと$\bar{v^2}=\bar{v^2_x}+\bar{v^2_y}+\bar{v^2_z}$であり、等方性より全分子は平均的に$\bar{v^2_x}=\bar{v^2_y}=\bar{v^2_z}$なので、$\bar{v^2}=\bar{v^2_x}+\bar{v^2_y}+\bar{v^2_z}=3 \times \bar{v^2_x}$と表すことができる。前述の平均の力の大きさ$\bar{f}={mv_x^2}/{L}$を用い、$N$個の分子が壁面Aに与える力を、$\bar{v^2}$を用いて書き直すと$\bar{F}=Nm \bar{v^2} / 3L$となる。したがって、壁面Aにはたらく圧力$p$は次のように求まる。
$$p=Nm \bar{v^2} / 3L/L^2=Nm \bar{v^2} / 3V$$
また、$V$を移行して$pv~Nm \bar{v^2} / 3$とするとシャルルの法則が得られる。左辺は巨視的な観測量の積であり、右辺は微視的な分子の運動エネルギーの平均値の合計を表している。つまり、巨視的な経験則である圧力や体積が、微視的な力学的な計算によって導かれているということである。
(3)気体分子モデルによる温度の説明
先に得られた$p=Nm \bar{v^2} / 3V$を、$pV=nRT$を用いて変形すると、次の式が得られる。
$$\frac{1}{2} m \bar{v^2} = \frac{2}{3} \frac{n}{N} RT$$
ここでも、右辺の巨視的な観測量である温度を、左辺の微視的な分子の運動エネルギーの平均値を用いて表している。巨視的な観測量である温度 は実は分子の運動エネルギーの平均値によって決まっていることがわかる。つまり、温度$T$は分子の運動の激しさの指標である。
また、アボガドロ定数$N_A=N/n$を用いて変形すると次式となる。
$$\frac{1}{2}m \bar{v^2} =\frac{2}{3} \frac{1}{N_A} RT$$
これをボルツマンは$k=R/N_A$と置きなおして、次のように表した。
$$\frac{1}{2}m \bar{v^2} =\frac{2}{3} kT$$
この$k$をボルツマン定数と呼ぶ。この式は、$x$、$y$、$z$方向の3方向に対する運動(3自由度)について1方向あたり、$\frac{1}{2}kT$〔J〕のエネルギーが平均として与えられることを示唆している。そして、後に見るように、実際に1自由度あたり$\frac{1}{2}kT$のエネルギーが与えられることが分かっている。このことをエネルギー等分配測という。(のちに、これを利用して5自由度のときの気体のエネルギーを考える。)
(4)気体分子モデルによる気体の内部エネルギー
続いて、気体が持つエネルギーを考える。これを気体の内部エネルギーといい$U$〔J〕で表わす。気体分子運動論では、気体とは多数の気体分子の運動に過ぎないので、エネルギーも多数の気体分子が持っているエネルギーの総和であると考えることができる。
気体粒子が持つエネルギーとは、運動エネルギーと位置エネルギーのみであり、理想気体のように重力や分子間力の影響を無視することができれば、持っているエネルギーは気体分子の運動エネルギーのみとなる。
単原子分子 理想気体の内部エネルギー
運動エネルギーはさらに並進運動と回転運動の二つに分けることができるが、気体分子が球形をしている場合(NeやArなどの希ガスの場合)には、回転運動は無視することができ、並進運動のみを考えれば良くなる。
$N$個の粒子があり、分子の速さの2乗平均が$\bar{v^2}$であるとすると、気体分子のエネルギーの総和は次のように計算できる。
$$U=N \times \frac{1}{2}m\bar{v^2}$$
前述の式$nRT=\frac{1}{3}Nm \bar{v^2}$ より
$$U=\frac{3}{2}nRT$$
この式が理想気体 単原子分子の内部エネルギーを温度で表した式である。また、理想気体であれば、$pV=nRT$は常に成り立つので、$U=\frac{3}{2}nRT =\frac{3}{2} pV$と表すこともできる。ここから、内部エネルギーと温度は比例していることや、1モルの気体の温度を1℃上げると、気体の内部エネルギーは$\frac{3}{2}R$上昇することがわかる。
2原子分子 理想気体の内部エネルギー
上図のような2原子分子(H2やO2などの場合)を考えてみる。このとき、気体分子の運動エネルギーは$x$、$y$、$z$方向の運動の他に、回転によるエネルギーがある。回転の方向は2方向あるため、全体では$x$、$y$、$z$、$x$軸周りの回転、$y$軸周りの回転と、自由度は5になる。前述のエネルギー等分配測を考えると、温度が$T$のとき、各自由度に$\frac{1}{2}kT$ずつエネルギーが与えられるため、内部エネルギーは$U=\frac{5}{2}kT =\frac{5}{2} kT$となる。
ここから、2原子分子の内部エネルギーも温度と比例していることや、1モルの気体の温度を1℃上げると、気体の内部エネルギーは$\frac{5}{2}R$上昇することなどがわかる。
※内部エネルギーと自由度の関係のイメージ:
下図のようないくつかの領域(セル)に区切られている箱を考えよう。それぞれのセルはつながっており、水を入れるとすべてのセルの水は同じ深さになる。ある高さまで水を注ぎたい場合には、セルの数は小さいほど水が早くたまる。逆にセルがたくさんあると、水をそそいでもなかなか深くならない。
気体におけるエネルギー、温度、自由度は、この例における水の量、水深、セルの数の関係に似ている。自由度が3である単原子分子では、セルの数が3つ、自由度が5である2原子分子ではセルの数が5つあることに相当する。エネルギーを注いでも、自由度が大きいと温度が上がりにくく、つまり、比熱が大きいことがわかる。
単原子分子の理想気体 セルの数(自由度)は3 ⇒ $U=3 \times \frac{1}{2}kT=\frac{3}{2}nRT$〔J〕
2原子分子の理想気体 セルの数(自由度)は5 ⇒ $U=5 \times \frac{1}{2}kT=\frac{5}{2}nRT$〔J〕
(5)熱力学第一法則
気体の温度を上昇させるためにはエネルギーを外から加える必要があるが、それには二つの方法がある。1つは気体を加熱することであり、もう1つは外から気体を圧縮するということである。圧縮するということは、外から仕事をすると言い換えることもできる。
加熱するということは、外から熱を加えることによって粒子の平均の運動エネルギーを増加させることであり、気体を圧縮するということは、気体を閉じ込めている壁面が動くことにより1つ1つの気体分子が加速することである。
どちらの方法でも、気体が持つ内部エネルギーが増加するということになるが、エネルギー保存則から気体の内部エネルギーの変化$\Delta U$と与えた熱量$Q_{in}$、気体にした仕事$W_{in}$の間には次の関係が成り立つ。
$$\Delta E = Q_{in} + W_{in}$$
これを熱力学第一法則という。
(6)気体のモル比熱
1 mol の物質を1 K 温度変化させるのに必要な熱を モル比熱( または モル熱容量)という。物質$n$〔mol〕が熱$Q$ 〔J〕を吸収し、温度が$\Delta T$〔K〕上昇するとき、モル比熱をC〔J(/ mol・K)〕とすると、これらの関係は次式で表される。
$$Q=nC\Delta T$$
気体の体積を一定に保ちながら変化させるときのモル比熱を、定積モル比熱$c_v$という。これは、与えた熱量がすべて気体の温度変化に用いられるときの比熱である。
それに対して、気体の圧力を一定に保ちながら変化させるときのモル比熱を 定圧モル比熱 $c_p$ という。圧力が一定の条件下で気体が膨張すると、気体は外に仕事をすることになるので、与えた熱量は気体の温度変化と外への仕事の両方に用いられる。そのため、定圧モル比熱(←体積変化あり)は定積モル比熱(←体積変化なし)よりも大きく(温まりにくく)なる。
具体的には、圧力一定のもとでの外への仕事$W$は、一定の圧力を$p$、体積変化を$\Delta V$として、$W=p \Delta V = nR\Delta T$となるため、体積一定の時と比較すると、$\Delta T$変化させるときには、$nR\Delta T$もしくは$p\Delta V$が余分に必要になる。
よって$nc_p \Delta T = nc_v\Delta T + nR \Delta T$となり$c_p=c_v+R$の関係が得られる(マイヤーの公式)。
単原子分子 理想気体のモル比熱の具体的な計算
前述の$U=\frac{3}{2}nRT$から定積モル比熱を考える。この式より、外に仕事をしない(体積一定の)状態で、理想気体の単原子分子1モル($n$=1)の温度を1℃上昇させるのに必要なエネルギー$c_v$(=定積モル比熱)は$c_v=\frac{3}{2}R$であることがわかる。マイヤーの法則より定圧モル比熱$c_p$は$c_p=c_v+R=\frac{5}{2}R$となる。
2原子分子 理想気体のモル比熱の具体的な計算
単原子分子の2原子分子の場合、内部エネルギーは$U=\frac{5}{2}nRT$であった。この式より、外に仕事をしない(体積一定の)状態で、理想気体の単原子分子1モル($n$=1)の温度を1℃上昇させるのに必要なエネルギー$c_v$(=定積モル比熱)は$c_v=\frac{5}{2}R$であることがわかる。マイヤーの法則より定圧モル比熱 は$c_p=\frac{7}{2}R$となる。
モル比熱 理論値と測定値の比較
※R=8.31程度である
※3R/2=12.465, 5R/2=20.775, 6R/2=24.93
帰結① p=Nmv2/3V ⇒ 圧力とは多数の気体分子が与える力積の時間平均である。
帰結② p=Nmv2/3VよりpV=Nmv2/3=一定 ⇒ シャルルの法則
熱力学 目次
5.気体分子運動モデルによる理解(⇐今ここ!)