3.4 運動の法則は、身のまわりの現象をどの程度、説明しうるか?
科学者は法則の応用範囲が広ければ広いほど、その法則を美しいと感じます。様々な現象を運動の法則を用いて説明することで、この法則の検証を重ねてみましょう。
なぜ重いものと軽いものは同時に落ちるのか?
重いものと軽いものを持ち、一緒に手を放すと二つのものは一緒に地面に着きます。まずは、消しゴムとクシュっと丸めたティッシュを手に取り、実験をしてみましょう。いかがでしたか?
なぜ一緒に落ちるのでしょうか?
これは$ma=F$と、物体にはたらく重力の大きさ$W$は質量$ m $に比例する($W=mg$)という2つを用いて説明できます。
簡単の為、質量$m_1$の物体と質量$m_2$の物体が同時に落ちるということを見てみましょう。もちろん運動方程式から考えます。
質量$m_1$の物体が自由落下するときの加速度を$a_1$とします。
自由落下するときに受ける力は重力($m_1 g$)のみです。これを運動方程式に入れると、$m_1 a_1 = F = m_1 g$となり、両辺の$m_1$を消去すると、$a_1 = g$となることが分かります。
続いて、質量$m_2$の物体が自由落下するときの加速度を$a_2$とします。
同様にして、運動方程式は$m_2 a_2 = F = m_2 g$となり、$a_2 = g$となることがが分かります。
つまり、物体の加速度はともに$g$となるのです。
$m$が式変形の途中で消えてしまっているということは、加速度は質量$m$には依りません、依存しませんということを示しています。
これは、難しい言い回しになってしまいますが、物体の動きにくさ(慣性)は質量に比例するが、同時に、物体にはたらく重力の大きさも質量に比例するため、それらの影響が互いに相殺していると考えることができます(それゆえ式変形の途中で$m$が消えたのです)。
以上より、運動方程式を用いることで、確かに、重いものと軽いものが同時に落下する理由が示されました。
少し脱線しますが、重力の大きさ$W$を表す式$W=mg$について考えてみましょう。今まで、重力の大きさ$W$は$W=mg$と覚えてきたかもしれませんが、これは、「自由落下する物体が加速度$g$で動いているのだから、運動方程式$ma=F$によれば、物体にはたらく力$F$の大きさは$mg$のはず。つまり、重力の大きさ$W$は$W=mg$のはずだ。」という論理に基づいています。運動方程式があるから、$W=mg$と考えることができるのです。
真空中での羽の運動と空気中での羽の運動の違いは?
上で見たとおり、重力のみを考えて運動方程式を見たときには、質量に依らず、加速度 で落下するはずです。しかし、生活していて経験する通り、羽や紙などの軽いものはゆっくりと落ちていきます。なぜでしょうか?
これは、運動の法則が間違えているのではなく、”重力のみを考えている”ことが間違いなのです。実は、羽や紙は、これらにはたらく空気抵抗という力により、ゆっくり落ちるのだと説明できます。この現象をより詳しく考えてみましょう。
まず、空気抵抗の大きさは物体の速さにだいたい比例します。落下する速さが速くなると、空気抵抗は大きくなるということです(落下方向から見た面積にも比例しますが、ここでは無視します)。
そして、徐々に速くなり、徐々に空気抵抗の大きさが大きくなると、いずれ、空気抵抗の大きさが重力の大きさと等しくなります。
最終的に、空気抵抗の大きさと重力の大きさが等しくなると、物体にはたらく力がつりあい、加速度はゼロになります。加速度がゼロになるということは、これ以上速くならないということです。(このときの速さを終端速度と呼びます。)
下の図を見てみましょう。空気中で羽と鉄球を落下させるとき、図に示した通り、羽にはたらく重力の大きさは、鉄球にはたらく重力の大きさよりも小さいので、落下し始めてすぐに空気抵抗の大きさと重力の大きさが等しくなってしまい、終端速度に達してしまうのです。もちろん鉄球にはたらく空気抵抗も徐々に大きくなっていますが、鉄球は重たいので、空気抵抗の大きさが重力の大きさと等しくなるのは、もっと速くなってからです。それまでは加速し続けます。
この結果、空気中で二つの物体を落下させるとき、重たい物体の方が早く落下することになるのです。
しかし、大切なことは、この現象も、やはり、力と運動方程式を正しく考えることで、理解ができるということです。
空気抵抗を受ける物体の運動(雨粒の運動)は?
続いて、空気抵抗を受けている物体の運動の様子として、雨粒の運動を考えてみます。
ここで、少し脱線して、空気抵抗がないとしたときの雨粒の速さを概算してみましょう。概算するときには、必要な条件をだいたいの数字で置いてあげます。例えば、雨粒は質量は1g(=0.001kg)で、上空4000mで雨粒になり、そこから落下し始める(初速度0m/s)としましょう(←適当に置いてあげます)。重力加速度は9.8m/s2としましょう。
この条件下で、4000m落下した時の速さを計算したいので、距離と速さの関係式(公式 $v^2-v_0^2=2ax$)を用いて計算します。すると、 $v^2=2\times 9.8 \times 4000$。よって、$v~140$m/sとなります。この速さはピストルの弾に引けを取らない速さだそうです。こんな速さの雨粒が飛んで来たら、傘で避けることは到底できません。空気抵抗のおかげで傘で防げるのです。
さて、本筋に戻ります。実は(実験をしてみると)空気抵抗の大きさはだいたい速さに比例します。空気抵抗の大きさを$f$、速さを$v$、比例定数を$\rho$とすると、次のように表されます。 $f=\rho v$。
この空気抵抗に関する知識をもとに、次の例で示される雨粒の時間と速さの関係を理解したいと思います。なお、グラフは下向きを正の向きとしています。
($v-t$グラフの傾きは加速度を表すことを思い出しましょう)
点O 落下し始めたとき
落下し始めた瞬間、加速度はいくらになっているべきでしょうか?
落下し始めた瞬間は、まだ速度がゼロです。そのため、空気抵抗もゼロです。はたらく力は重力のみの為、点Oでの傾きは9.8になります。つまり、落下し始めた瞬間は、重いものでも軽いものでも加速度は9.8になるのです。
(上図の点線で表したものです)
落下中
この間では落下に伴い、だんだん速くなっています。また、傾きに着目すると、だんだん小さくなっていることが分かります。
これは、だんだん速くなると、だんだん空気抵抗が大きくなり、雨粒にはたらく合力の大きさが小さくなるためです。(運動方程式を思い出して)合力が小さくなるため、加速度が小さくなり、傾きが小さくなっているのです。
速度が一定になったところ
雨粒が速くなるに伴って大きくなってきた空気抵抗の大きさが、ついに重力の大きさと同じになると、加速度がゼロとなります。このときの速度の大きさが先に出てきた終端速度です。
このように運動方程式を利用すると、雨粒の速さの変化も理解することができるのです。
これを応用すると、スカイダイビングをしている人がパラシュートを開いた後の速度の変化も想像することができます。そろらく下図のような形になると思われます。なお、ここでもグラフは下向きを正の向きとしています。
パラシュートを開く前は、どんどん加速していきます。しかし、空気抵抗が徐々に大きくなるので、加速度の大きさは徐々に小さくなり、グラフの傾きが徐々に小さくなります。
その後、パラシュートを開くと一気に減速します。これは、空気抵抗の大きさが重力の大きさよりも大きいため、上向きの加速度となり、減速するのです。そしてその後は、減速したために空気抵抗の大きさは小さくなり(上向きの力が小さくなり)、重力と空気抵抗の合力を考えた際の上向きの力も小さくなっていきます。そのためパラシュートを開いた瞬間よりも上向きの加速度が小さくなり(以前上向きの加速度なので減速しますが)、図のような形になります。
そして最後には終端速度に達します。
やはり、ここでも力と運動方程式によって物体の運動を説明することができています。
なぜ自転車の速さは力によって決まるように見えるのか?
自転車をこいでいると、力を強くするほど(早くこぐほど)速く進みます。一定の力で漕ぎ続けても、一定の加速度で加速していくということはありません。これを思い出すと、力の大きさが加速度の大きさと比例するという運動の法則と異なるように感じるかもしれません。(しかし、運動の法則できちんと説明できます。)
なぜ、自転車の場合は力と速さが関係しているのでしょうか?
それは、自転車をこいでいるときは終端速度になっているからです。自転車の場合は空気抵抗だけでなく、地面と車輪との間の摩擦力の他、車輪とその軸の間、ペダルとその軸の間など様々なところに摩擦力が生じています。摩擦力の大きさとみなさんがペダルをこぐ力の大きさが一致して終端速度に達しているのです。自転車が速く進むほど、空気抵抗や摩擦の影響が大きくなります。
つまり、言い方を変えると、(本来摩擦や空気抵抗がなければ自転車は漕がなくても一定の速度になるはずが、)摩擦や空気抵抗にあらがうためだけにみなさんは漕いでいるのです。みなさんの努力の多くは、結局摩擦によって車輪やその軸、地面を温めるというエネルギーに変わっているのです。
ここまでは、高校で学ぶ「物理基礎」の内容です。大きくまとめると、「力」と「物体の運動」を学び、さらにハイライトである運動方程式を学びました。
しかし、扱った現象は、静止している物体、もしくは動いていたとしても、一定の力がはたらいているだけの運動でした。この限られた条件の中でのみ考えてきたので、運動方程式が身の回りのありとあらゆる現象を説明すると言われてもピンとこないと思います。
高校で学ぶ「物理」の内容には、糸につながれてぐるぐると振り回される物体の運動(円運動)やばねにつるされてビヨンビヨン動く物体(単振動)といった運動も含まれます。これらの運動も、一見とても複雑ではありますが、運動方程式で説明することができるのです。
「物理」の内容も楽しみにしていてください。運動方程式の威力がより実感できるようになると思います。そしてそれは、とても美しい物理学へとつながると思います。
運動の法則 目次
3.1.物体が1つの場合
3.2.物体が複数の場合
4.運動の法則は、身のまわりの現象をどの程度、説明しうるか?(⇐今ここ!)
4.1.重いものと軽いものの落下
4.2.真空中での羽の運動、空気中での羽の運動
4.3.空気抵抗を受ける物体の運動(雨粒)
4.4.自転車の速さについての考察